『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の深掘り指南書 ~

『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ ヘッダー header bookreview ブックレビュー
Review
『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ ヘッダー header bookreview ブックレビュー


芸人の頭の中を覗くのが好きだ。
一線で活躍し大多数に評価され、特に笑いのネタを書いていたり、なんらかのコンテンツを育てる企画に携わっていたりしている芸人のエッセイ(深夜ラジオもそうだが)には、人生の気付きを得たり、視点の幅を広げるヒントや見識が詰まっている。そして、読み終わるころにはほんの少しでも確実に思考が豊かになっている。

私にとってハライチ岩井さんは、そういった芸人の中の1人。
少し好みの話を挟み込むが、漫才を見ていて彼の声質がとても私のフェチにハマることに気付き、時たま、ラジオを好んで聞くようになったのが始まりだった。
岩井さんがよく話すのは、とにかく日常の何気ないこと。私たち一般人でもよく経験するように思える生活のこと。「家の中でたまに巻き起こる矛盾点やかゆい部分」「見落としがちな物事に対するあまりにも本質を捉えすぎた正論」「出かけた先で遭遇した素通りしがちな出来事」なんかを、構成巧みに抑揚を持たせてわかりやすく、さらにあの声で話されるんだからたまらないのだ。それに、私も世の中にある大小の事象に対して「なんだかな」と思いがちな人間なので、やっぱりそういうのを世に発してくれていると感じられる著名人に対しては、シンパシーを抱きがちになる。
普通であれば気に止めない部分に対して、目の付け所が鋭角で深いので、じわじわと笑いの沼に引きずり込まれる感覚がラジオからは感じていた。

そんなときにこのエッセイ集、『僕の人生には事件が起きない』である。

新潮小説でエッセイの連載をしていたものはまったくの未見であり、ラジオで話していた話が多数と聞いていたので、「あの爆笑エピソードが文章に?」と楽しみだった。

それでは、特に印象に残った章をいくつか挙げてレビューがてら紹介を。一部挿絵も添えて(余力があれば挿絵追加で描きたい)。




以下、それなりにエピソードの核心に触れている場合があるので、まだお読みになっていない方はご注意を!!



 
 

メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事(p17〜)

『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ 01 bookreview ブックレビュー


本書の最初を飾るエピソード。
岩井さんはメゾネットタイプのお部屋に暮らされているそうだが、とてもそのお部屋が気に入っているようで、いろんな場所で「うちメゾネットなんですけど」という話をしている。
さらに各部屋には庭が付いており、ブロック塀の向こうが墓地であると本書に綴られている。私は墓地が隣接する物件はなるべく避けたい人間なので、それだけでもすごいなと思う。
墓地とを隔てるブロック塀と、一部隙間のあるところにボロボロの古い木が植わっただけの状態だったのが、その木がある日朽ち果てて墓場が丸見えの状態になったという。「気味が悪いので一刻も早くなんとかしてくれ!」となりそうなものだ。しかし、その「薄気味悪さ」を、「幽霊が入ってきちゃう!」となんともかわいらしい表現で表している。そしてその後にとった行動についても書かれているが、想像すると和む。
しょっぱなから掴みがすごい。

 

「ショッピングモール満喫ツアー」の暗闇に潜む化け物(p43〜)

『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ 02 bookreview ブックレビュー


とあるショッピングモール内のイベントスペースに設けられた『暗闇迷路』に1人で挑んだときの話。
なんてことはない、お化けも仕掛けもないただ暗闇を進むだけのアトラクションらしいが、この話は私の中で上位にくるほどお気に入りであり、じわじわと笑いの渦にハマったエピソードだ。
まず、容易に想像できると思うが、光も何もない真っ暗闇の中を壁だけを頼りに進むのがどんなに怖いかというのはわかるだろう。その心情は、本書でもリアルすぎるほどに表現されている。さらに、すぐ後ろに見知らぬ男(しかもあっちは2人)が歩いてきている、という状況は想像しただけで泣けてくる。怖すぎて。自分からしたら怪物2匹に追われているようなものだが、ここでは、「相手の立場からしたら俺が透明の化け物だ」と書いている。岩井さんらしいなと思った。

 

マニュアル至上主義の店(p49〜)

「これは…誰もが一度はモヤった経験あるよなぁ…」
と読みながら唸ってしまった。
やはり多くは飲食店だろう。特に、母体が巨大な企業のグループのチェーン店や、ありとあらゆることに対して書面だ契約だマニュアルだと信じて疑わない店だ。

マニュアルがしっかりしている店は、逆に柔軟性を失っている気がする。

『僕の人生には事件が起きない』岩井勇気 p49

結局、このひと言に尽きるのだ。
過剰なまでのマニュアルを信じ、タッチパネル等の機械に頼りすぎた挙句、あれもこれもと取り入れているうちに煩雑な形となる。そして俯瞰で物事を捉えることができずそれを上手に扱えていない人間(=店員)は、どうにもこうにも脳死状態でふわふわと、「こういうものだから…」とある意味開き直ってさえいる。
このエピソードを読んで、「これからの時代はより賢く “人間味” 溢れる人間が求められる」という説に確信をもったのだった。

 

コーヒーマシーンに振り回される(p61〜)

本書の中で1番ニヤニヤしながら読んだエピソードだ。
芸人のラジオを聞いていると、フリートークで「家の中で巻き起こるイラっとする話」みたいなのをときたま耳にする。本人はイラっとしたのだろうが、それがなかなかのテンションで話すものだから笑いの要素が存分に加えられ、その電波を受信する私は深夜の部屋の中で引くほど笑い転げている。芸人による家エピソードは大好物だ。
岩井さんもよく家エピソードを発信する。
このエピソードはタイトル通りコーヒーマシーンに振り回される話なのだが、新しいガジェットがやっと手に入れたときのワクワクと、それを使い始めるまでの苦悩や挫折のギャップ、それから「もう無理じゃん!」と投げ出したくなる気持ち。文章の表現が巧みなので、まざまざと共感できた。

 

組み立て式の棚からの精神攻撃(p69〜)

『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ 03 bookreview ブックレビュー


前項に引き続き、私の大好きな家エピソードだ。
これも、“使い始めるまでの苦悩や挫折” が胸を突かれるほど鮮明に表現されている。
今は組み立て式の家具というものが多く販売されているが、ベッド、机、棚…、何か1つでも業者に頼まず自身で組み立てたことがある人は、思いっきり共感できる話だと思う。
ネットなどで見るそれは、当たり前だが完成形の、しかもお洒落な部屋の素敵なインテリアに囲まれて配置され、購買意欲を掻き立てる写真が並んでいる。その瞬間には一体どれだけの人が、実際運ばれてくるものが、様々な形の板と大量の釘と無機質な説明書のみだと想像するのだろうか。

ここは私のブログなので思い切り自分語りをするが、私の場合、引越し当日、ネットで購入していた組み立て式のセミダブルベッドが届いた。小一時間ほどで出来るだろうと舐めており、寝る前にちょちょっと組み立てちまおう、と考えていたのが運のつきだった。
何せ、初めて組み立て式に挑戦したものだから、如何せん要領が悪い。見当違いの板を嵌めてしまう事態に何度かでくわす。一向に形にならない。
大量の板と釘を無計画に部屋にばらまいてしまったがために、一時作業中断して眠ろうにも眠れない状態である。結局、ほとんどノンストップで一夜漬けに近しいほどの時間をかけて、セミダブルベッドという形のものが出来上がったのだった。

知人からも、「組み立て式の家具に精神をやられそうになった」という嘆きを何度か耳にしている。
本書には「おすすめしない」と書いてはあるが、私からは、「決して舐めた姿勢で購入をするな」とだけ言いたい。

 

珪藻土と自然薯にハマった(p81〜)

『僕の人生には事件が起きない』 ~ ありふれた日常の物事の見え方 ~ 04 bookreview ブックレビュー


岩井さんがハマり、やがてパタリとやめてしまったものを紹介している話なのだが、珪藻土と自然薯、まったく共通点もなくジャンルも異なるこの2つを並列に扱うこのタイトルは…? と少々不思議に思いながら読み進めた。
先に珪藻土、その次に自然薯の話になり、ずっと交わりはない。最終の86ページで「そう使うかよ!!」と盛大なツッコミをした読者は私だけではないはず。新手の落語かと思った。

それはそうと珪藻土である。
2つのエピソードのうち、珪藻土に対する岩井さんの恐怖心がおもしろい。確かに、珪藻土に触れるときに一抹の不安を感じる気がする理由はこれか… と腑に落ちたのだ。人間の肌のみならず、珪藻土をかましている物がすべてガリガリに痩せ細っていくイメージが容易に出来る。それほどに水分に対して威力があるのだ。
ただ私は、バスマットはふわふわの繊維のものしか認めない。



おわりに。

挿絵を描いたりレビューを書いたりしているためか、たぶんこの本を20周は読んでいる気がする。
まだまだレビューも途中で、まだまだかきたいエピソードがもう半分はあるので、挿絵や文章が揃ったら随時こちらに更新していく予定。

それではまた次回まで。

関連記事一覧

suzu image

DesArtium(デザーティウム)をご訪問いただきありがとうございます。
普段、広告や販促物のデザインやブランディング業務を行なうデザイナーによるブログです。

 

“身近にあふれるデザインとアートの展示場所”

 

“デザインの「なるほど!」が集まる場所”

 

デザインが好きでたまらない人も、ちょっと興味はあるけどどうせ敷居が高いんでしょと思ってる人も、少しだけのぞいていってみてください。

 

ABOUT

CONTACT